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たまには長文を

映画ゆるキャン△感想

映画らしく全てのキャラが登場していて良かった。変わったところと変わらないところの使い分けがうまかった。リンが取材のためにアニメ1期2期で出てきたキャンプ場を改めて訪れるシーンも好き。なでしこの「社会人になって使えるお金は増えたけど、なんでもできるわけじゃない」という台詞が胸に刺さる。

 

(以下ネタバレあり)

 

【あらすじ】
なでしこ、リン、千明、あおい、恵那の5人は社会人としてそれぞれの生活を送っていた。とある金曜日、名古屋の出版社で働いていたリンの元に千明から「いま名古屋にいる」との連絡が入る。リンと千明で3年ぶりに飲んでいたところ、千明が東京のイベント会社を辞め山梨県の観光推進機構にUターン転職していたことが分かる。千明は数年前に閉鎖された施設の再開発を計画していた。「キャンプ場にでもすれば」と言ったリンの言葉に感化された千明は、リンを引き連れそのままタクシーで現地に向かう。そこはお正月にダイヤモンド富士が期待できるキャンプ場向きの立地であった。寝ることもできず缶コーヒーを飲みながら日の出を迎えたリン。そこになんとなでしこが合流する。偶然東京から山梨に帰省していたのだ。「自分たちでキャンプ場を作る」その実現に向けて5人は動き始める。
千明は4人に対して役割を与えた。なでしこが現場監督、あおいがスケジュール管理、恵那が広報、千明自身は裏方役、そしてリンがリーダーである。千明が活動場所として与えられていたのは県庁舎の隅にある細長い物置部屋であった。それはさながら高校時代の野クルの部室のようであった。5人はまずキャンプ場の企画を考えた。家族もソロも楽しめる、子どもが遊べるスペースを作る、ドッグランを作る。意見が出揃ったところで5人は改めて現地に向かい、まずは草刈りを始めた。手で刈るのに苦労していた折、千明の知り合いが差し入れにやってきて刈り方のコツをなでしこたちに伝授した。その後作業を加速するべく、なでしこが油圧ショベルで整地を始め、千明も草刈り機を導入した。ある時動物に食料を荒らされたが接客用ロボットを駆使して撃退させた。
ある程度作業が進んだ頃、試験と称して数年ぶりに5人でキャンプをした。5人は久しぶりのキャンプで2種類の鍋を作り満喫した。しかしこの時に恵那の飼い犬のちくわが見つけてきた土器が縄文時代のものと判明し、調査のためキャンプ場整備が中断となってしまう。歴史的に価値のある土器が発掘されたため、キャンプ場ではなく遺跡にする計画も立ち上がってしまい、キャンプ場の完成は絶望的となった。
5人は落ち込みながらもそれぞれの日常生活に戻っていた。なでしこはガスランプに興味を示しつつも値段が高く躊躇する女子3人組にかつての自分の姿を重ねていた。そしてそんな3人組にキャンプ用品は最初から揃えなくても良いこと、キャンプでも無理して泊まらなくても良いことをアドバイスする。リンは毎週末名古屋から山梨に移動して作業を進める裏で、先輩社員から仕事面でフォローされていたことを知る。少なからぬショックを受けたリンは編集の仕事に邁進する。
なでしこは桜の助言でリンを誘い、日本で最も標高が高い温泉に連れ出す。辿り着くだけでも大変な雪山の山中、脱衣所もない野外の温泉に浸かりながら、なでしこは新しいものを作る魅力を語る。
務めていた小学校が廃校となり物思いにふけるあおいを見た千明は再び動き出す。千明は上司に掛け合い、遺跡スペースを残しながら古いものを見て気づきを得るキャンプ場にすることを会議で提案し、見事許可を得た。
必要な発掘調査を速やかに終わらせるためなでしこやリンも作業に加わり、料理を振舞うなどして地元民とも良好な関係を築いた。発掘調査が完了すると建物の修繕や水道工事を進めた。あおいが務めていた小学校の遊具の一部をキャンプ場に移設して子供の遊び場も作った。そしてついにキャンプ場「富士川松ぼっくりキャンプ場」が完成した。
オープン初日、身内5組を含む10組程度の予約があったにもかかわらず、なぜか誰も来ない。実は看板を複数作ったのにひとつも設置しておらず、客がキャンプ場の場所を把握できずにいたのである。リンはかつての原付で迷っている客を迎えに周り、なんとか事なきを得た。夜、キャンプを満喫する客を眺めながら、5人は満足感や達成感を噛みしめていた――。

 

 

いくらなんでも名古屋で飲んでいてその足で着替えも持たずに山梨の田舎までタクシーで10万円以上(途中の料金メーターで9万円超えていた)かけて直行するのは無理がある。
しかしこのシーンにもちゃんと存在意義がある。社会人として働いているリンの様子から穏やかに立ち上げたストーリー展開。そこでこれだけ飛び抜けたシーンを挟むからこそ「これから物語が大きく動く」ことが示唆される。千明が酔った勢いで集合をかけたこともなでしこのサプライズ登場の布石となった。これは純粋に脚本がうまかった。

脚本は田中仁と伊藤睦美の二人体制。
あくまで私の予想だけど土器が発掘されてキャンプ場づくりが中断するくだりは田中仁メインの脚本だと思う。それまでずっと晴れだったのに中断期間中だけ露骨に天気が悪いの面白い。同じく田中仁脚本で同時期放送のラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会第2期でも同じ演出が何度も出てきた。こういう平凡でありながら基本の演出がストーリー展開に説得力を与えている。曇りで富士山が見えなくてテンションが上がらないなでしこがかわいい。(そもそもベランダから富士山が見える物件を選んでいるところがなでしこらしくて最高。)

店員として活躍するなでしこや企画がなかなか通らなくても仕事を頑張るリンの描写が良い。仕事があるから趣味が楽しいとはよく聞く話。社会人としての描写がちゃんとあって安心した。

車のチョイスも良い。なでしこがジムニー、千明がマーチ、あおいがN-One、恵那がフィアット500とみんなの個性が現れていてとても良かった。バイクは詳しくないが、リンがあの体格でデカくてゴツいバイクに乗ってるのも好き。

みんな20代中盤ともなれば顔も変わるだろうが(言ってしまえば老ける)そこはアニメなのでツッコミは野暮だろう。その代わりにちくわが走り回らない描写でおじいちゃん犬になったことを示し、間接的に時の経過を描写するのがうまかった。

鍋に舌鼓を打つ幸せそうな顔を見ているとこちらも楽しくなる。まさにゆるキャン△の良さが随所に詰まっていた。

 

確かに一連のキャンプ場づくり、見方を変えれば千明が予算不足を言い訳に4人にタダ働きさせている構図に見えないこともない。でも私はそうは思わない。「新しいものを自分たちの手で作りたい」そう言って週末集まる彼女たちは純粋に楽しんでいたし素直に美談ととらえて良いだろう。

 

 

さて、そんなすばらしい映画ではあったが序盤からずっと感じていた(そして解決しなかった)唯一にして最大の疑問がある。

このキャンプ場このあと誰が運営するの???
ハコモノは作って終わりじゃないんだよ? 千明さんその辺考えてます??

5人はそれぞれ社会人として働いているわけで、オープン後も運営を手伝えるわけじゃない。キャンプ場の運営(経営と言ってもいい)から設備のメンテまで、5人は誰もできない。特にあおいなんか小学校の教員(公務員)なので副業禁止なんじゃないの?
ハコモノ作って満足するお役所あるあるを巧妙に皮肉ったシナリオならニヤリと笑ってしまうけどゆるキャン△はそういう腹黒い作品じゃない。放置された施設の「再生」をテーマに掲げたなら再び放置されないよう将来への経営計画も作らないといけない。

まぁ勢いよくツッコミはしたものの私も分かってはいる。その辺も事前に提案した上で行政としてGOサインが出たのだろうし、キャンプ場運営を担う会社がちゃんと選ばれているはずだ。恵那はパソコンで予約状況を確認していたから、ちゃんと法人契約であの建物までネット回線を引いたのだろう。電話があったから電話回線もだ。5人の誰かが予約システムを作れるとも思えないので、今後の運営を引き継ぐしかるべき事業者がいるはずだ。ただオープン初日にその場限りの使い捨てキャラを窓口に置くわけにはいかないし、5人で初日を乗り越えないと完成した達成感が演出できないので仕方ないわけだ。ここはリアリティよりも自然なストーリー展開を優先させた結果であろう。
「案内看板を一つも設置していない」という誰かが気づきそうなミスを最後の最後に仕掛けて「みんなで協力するシーン」を作ったのも達成感演出の細工の一つである。
ただしこのシーンはちょっと唐突だった。
本来ならちゃんと案内看板をいくつも作るシーンと、「あとで設置しようね」とか言いながら倉庫にしまうシーンが必要だった。しまわれた看板が薄暗い倉庫の中で放置されるカットを静止画で「2秒」くらい映して忘れられるフラグを立てなければならない。
このシーンは最後の盛り上がりどころなだけにちょっと残念な展開だった。

 

ところで映画内で5人は何歳なんだろうか?
あおいが小学校教員だから大学は出ているんだろう。そうなると高校卒業してから最低でも丸4年は経っている。しかも廃校になる小学校に新卒1年目を赴任させることがあるだろうか? そう考えると大学を出てからさらに2年くらいは経っていても不思議ではない。作中で廃校して春を迎えたから、キャンプ場が完成したのは高校を出てから少なくとも7年目以降と考えるのが自然だ。千明の学歴は分からないが東京に飽きて山梨にUターン転職して新しい仕事でもそれなりに経験があるわけだから、やはり相応の年数は経っている。また本編では小学5年生(11歳)のあかりチビ犬子が大学生なので、本編(5人は高1?)から数えて8~11年経っているとも思われる。 これらの手がかりから推測すると5人はもう20代中盤。それぞれ新しい人間関係ができているはずなのだ。
SNSで繋がっていたとしても、そしていくら高校時代のキャンプに思い入れがあったとしても、東京や名古屋から山梨の田舎に毎週末通うのは難しかろう。

だからといって「非現実的だ」などと言いたいわけではない。リンは綾乃に4時間かけて移動していると言っていた。それだけ大変でも苦にならないバイタリティこそが人生を楽しむ秘訣なのだと私たちに教えてくれているようだ。

 

 

この映画は「社会人・大垣千明の物語」だった。
東京のイベント会社に就職するも「もう東京は満喫した」と地元にUターン転職。「なんだかんだ言ってもここが好きなのかもな」と語る千明こそが地元山梨を最も愛していた。地域を盛り上げるべくキャンプ場づくりを企画し、人を集め、状況は適宜上司に報告し、プロジェクトが中断しても企画提案を再挑戦する。どう見ても千明がプロジェクトを前に進める最重要人物なのに、他の4人に役割を与えつつ自分は裏方に回ることを宣言するんだから恐れ入る。つまらない大人なものか。人を巻き込み、新しいものを作っていくのが社会人の役割にして醍醐味である。野クルの結成者にして部長が千明だったのも納得の展開。千明こそがこの映画で一番輝いていた。