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たまには長文を

大正オトメ御伽噺感想

見るのをやめたくなる苦しい描写が何度も出てくるのにそれでも続きが気になる力強さがあり、随所に心温まる展開もある良作。

(以下ネタバレあり)

 

大正時代を生き抜く少年と少女の物語。
良家に生まれながら事故で右腕が動かなくなったことで父から捨てられる主人公の生い立ちが涙を誘う。
ペシミストを自称する心を閉ざした主人公が、明るく心優しいユヅと触れ合うことで徐々に心開いていく。その過程がじっくり丁寧に紡がれていて、まるで温かいお茶を飲んだようなしっとりとした満足感で満たされる。

 

珠彦好きな人との子供が欲しい、なんならたくさんほしい。そんな風に語るユヅを見ているとハッとさせられる。現代でこそ価値観が多様化し「子だくさん=幸せ」という式は成り立たない。むしろ時と場合によっては炎上しかねない。それでも大正時代なら確実に幸せのかたちであった。現代においても尊重されるべき幸せの一つであろう。

 

舞台が大正時代であることを意識すべきシーンももう一つ見つけた。

 

よく言えば「事故で右腕が動かなくなり父から捨てられ人生を悲観したペシミストが夕月とともに生活しながら立ち直っていく展開」なんだけど。
もちろんそこには確かに感動したから全然良いんだけど。
それでもどこか底抜けに優しい少女にたっぷり甘えてペシミスト治ってんじゃねーか」とツッコむ冷めた自分もいる。


そして何よりこの作品で驚いたのは福田裕子脚本の完成度であろう。(こんなことに驚いているのは日本でも私くらいだろうが)

福田裕子脚本といえばプリチャンが記憶に新しい。シルクちゃんという不気味なキャラを狂ったように出してくる福田脚本。EDでその回の脚本家を確認するまでもなく「福田脚本回だ」と気づいたことも何度もあった。それだけ個性が強いというか、好き放題暴れて悪目立ちする脚本家だと思っていたので見始める前から序盤の時期は半信半疑だった。以下一連のpost

 

 


我ながらどれだけ疑っていたのだろう。ほんの3か月前まで福田裕子の印象がここまで変わるとは思っていなかった。

何か一つの作品だけで脚本家や監督を評価してはいけないのだと初心に帰った。