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たまには長文を

「スーパーカブ」感想

ノローグも多く、とことんこだわり抜いて作られた効果音とクラシックのBGMが心に沁みる非常に味わい深い作品。心情の変化で彩度が上がっていく演出もアニメでこそできる魅せ方。

(以下ネタバレあり)

 

 

スーパーカブという「実在する企業の実在するバイク」を題材にしているのでひどいバッドエンドにならないことはメタ的には明らかなのだが、どこか危ない雰囲気が終始強く漂っている。
まず彩度が落とされていて画面が全体的に重苦しい。両親がおらずテレビもない殺風景な子熊の部屋は、ただ事ではない境遇を匂わせる。白米とレトルト食品で済ませる自炊シーンを見ると単に面倒なのではなく金銭的に苦しいことも伝わってくる。
このように直接台詞で語られなくても世界観が良く見える。世界観の演出が重厚で強く心を惹かれるわけである。
もしこれが「子熊は貧乏で親がいない高校生です」なんて台詞かナレーションが入ったらすべてが台無しになろう。

子熊がカブを手に入れるシーンも同様で、1万円という激安な中古品を買う時でさえ、これまでに3人殺してるなんて強烈なエピソードが添えられる。
まともに読解力のある視聴者ならこの先に不幸な展開を予想しただろう。

それ故に、子熊がカブに跨った瞬間に彩度が一気に上がる予想外の演出が強烈に光る。実写ドラマではなかなかできない、まさにアニメだからこそできる演出と言ってよく、こういう作品に出会えると嬉しくなる。


脚本と作画が両方良い作品は数多くあれど、「音」にまで並々ならぬこだわりを持って仕上げた点も見逃せない。毎回クラシック音楽をBGMに使っていて、中古で買ったカブを大事にメンテしながら動かすシナリオからは想像できないほど格式が上がっている。BGMだけではなく効果音もすごい。エンジン音はこだわって収録したと何かで見かけたし、ネジが転がる音までちゃんとクリアに用意している。これが特に印象的だった。

 


半分折り返した頃にはすっかりこの作品の虜になっていた。

Twitterでこんなこと書いてて我ながらキモいな。文学的な雰囲気に感化されたか。でもこんなことを書きたくなる雰囲気の作品であることはきっと皆様にも共感してもらえると思う。

 

 

最終話を見終わった直後の感想がこれ。その境遇から自宅と家との往復する極めてミニマムな人生を送っていたであろう子熊が、1万円のカブで行動範囲を広げていく。そして広がったのは人間関係でもあり人生そのものでもある。いつも見る景色も演出のとおり色づいて見えたことだろう。

単にアニメ作品の出来が良いだけでなく、仕事の忙しさにかまけて休日引きこもっている私に強く訴えかけてくるものがあった。私も行動範囲を広げればこの世界も色づいて見えるのだろうか――。

 

なお第6話のシナリオに対する世間の反応に関する私の考え方は下の記事をご覧いただきたい。 vector-cd.hateblo.jp