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たまには長文を

劇場版プリンセス・プリンシパル Crown Handler第1章感想

劇場版になってもTVシリーズの雰囲気は損なわれておらず、主人公・アンジェの声優交代(今村彩夏古賀葵)も違和感なく引き継がれ(全く気づかなかった)、TVシリーズを見た人ならぜひこちらも見るべきと自信を持って勧められる完成度だった。
劇場版になるとド派手なアクション映画になりがちで本来の世界観が消えてしまうことがよくある。ケイバーライトで空を飛んだり銃撃戦もあったりする本作もうっかりすればすぐにそんな落とし穴に落ちてしまっただろう。
しかしそこは監督・橘正紀の確かな判断力だろうか、アクションは最初だけであとはスパイ作品らしく探り合いや読み合いが展開される。

(以下ネタバレあり)

 

【あらすじ】
禁書を販売したとして拘束された古本屋店主を救出するところから物語は始まる。敢えて拘束され拘置所に入ったアンジェのアクションとちせドロシーの連携で店主は救出され任務は成功した。
一方、王国ではスパイ狩りが激しくなり「コントロール」でも連絡員のスパイを一人失った。コントロールは王国に送り込んでいるコードネーム・ビショップが二重スパイであると踏み、その調査をアンジェらに命じる。
二重スパイの疑惑をかけられているビショップとは、長年王女に仕えているウィンストンであった。ウィンストンはアンジェとシャーロットの関係を知っていることを示唆しアンジェに揺さぶりをかける。10年前にアンジェとシャーロットが入れ替わったことはコントロールさえも知らない二人だけのトップシークレット。下手をしてその秘密が明るみにならないよう注意しながら、一方で指令通りウィンストンの二重スパイの証拠を突き止めなければならないアンジェは苦境に陥る。ドロシーはまた一人で抱え込んでしまいそうだったアンジェの違和感に気づいていた。5人で協力しウィンストンがいかにして敵に王室の情報を流しているか調査を開始する。
だが手がかりは見つからなかった。それどころかウィンストンはチーム白鳩の調査が雑であることを逆にアンジェに伝える。そんななかアンジェが発見した情報流出の方法、それはなんと王女が国内外に演説する際に読む文章そのものであった。文章に暗号を忍ばせていたのである。これなら誰と接触することもなく新聞を通して堂々と世界に発信できた。
二重スパイの証拠を掴まれ観念したウィンストンはアンジェの提案に乗り亡命を試みる。古いケイバーライト採掘場の地下ルートを通って港までたどり着いたウィンストンであったが、アンジェと別れた直後、何者かに撃たれ二重スパイの人生は幕を閉じた――。


感情を排して任務を淡々とこなしていくチーム白鳩を描くというよりは、嘘をつき続けていると自分が分からなくなるという台詞に代表されるように、スパイとしての生き方に焦点が当てられている。
集中して見ていないと、アンジェとウィンストンのお互いに相手ののどに剣をついているかのような緊張感のある関係性が分からなくなりそうだし、この辺のピリピリした雰囲気は見ごたえがある。

ストーリー運びは良い意味でスタンダード。例えばウィンストンの「老後は静かに暮らしたい」なんて発言を聞いた時点で最後に死ぬのは目に見えていたし、実際撃たれて死んでしまった。先の読めない展開が本作の魅力ながら、それは決して辻褄の合わないトンデモ展開をやることではない。死亡フラグを匂わせ丁寧に回収する脚本はシンプルに面白い。

TVシリーズではできない53分の使い方もうまい。無言の場面をふんだんに使い多くを語らない展開がむしろ緊張感を際立たせる。儚くも美しいピアノの旋律がBGMとしてベストマッチしていて見事だった。
そのほかの効果音のレベルの高さも併せてズバリこの作品、「音」が良い

全6章の中の第1章ということで、今後の展開にも期待できる。
ウィンストンが最後に殺されたのは誰かが亡命の計画を漏らしたから。共和国側でも王国側でもないとすれば、ここにきて第三勢力の存在もありうる。周囲に誰もいなさそうな港、殺そうと思えばアンジェも一緒に撃てたはず。メインキャラ5人の誰かが二重スパイなのかもしれないし、コントロールのメンバーの誰かが裏切り者なのかもしれない。現にプリンセスがスパイなわけだし。
白はない。黒かグレーがあるだけだ」はTVシリーズで個人的に印象に残った名言の一つ。次に現れる敵は誰なのだろうか。


さて、少し気になったところも挙げたい。

まずチェスの盤面は専門家に監修してもらってもっとリアリティのある棋譜を使ってほしかった。いよいよ決着がつく終盤みたいな状況なのに盤面の駒の半分くらいが初期配置のままなのは情けない。画面に映ったのも1秒足らずだし重箱の隅をつつくような指摘かもしれないが、詰めの甘さが命取りになるスパイ作品だからこそリアリティを求めたくなってしまうもの。
とはいえ、普通チェスの終盤なんてお互い盤上にほぼ駒が残っていないしチェスのルールを知らない大多数のためにもやむを得なかったのかもしれない。

※追記:チェスの盤面は監修が入っているようです。失礼いたしました。

 

 

あとは離宮のデザイン。異世界ファンタジー作品みたいな城にしなくても……。19世紀末といえば1800年代後半。ケイバーライトの技術以外は車も古かったり蒸気機関だったりとそれなりに時代と合っていたのになぜあんなデザインにしたのだろう。

そして最後に一点だけ。
本作の脚本は木村暢。個人的には『迷い猫オーバーラン!』(2010年)の時から名前を知っていて『アマガミSS+ plus』(2012年)、『問題児たちが異世界から来るそうですよ?』(2013年)、『這いよれ!ニャル子さんW』(2013年)のシリーズ構成を務めたほか、単発でも色々な作品に参加しているベテラン。本作の脚本も面白く、なんら不満はなかった。
ただそれでも欲を言うならば、やっぱり大河内一楼脚本で見たいTVシリーズ第1話~第10話の、アニオタ歴10年越えの私でさえ感じたあのドキドキハラハラ感にはわずかに及ばなかった。
TVシリーズ終盤の第11話、第12話も別の人だったからもう関わらないのだろうか。ぜひあのシビれる脚本をお願いしたい。