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たまには長文を

八男って、それはないでしょう!感想

結論から言うとあまり私には刺さらなかった。都合の良さに加えて表現の薄っぺらさが鼻についた。しかしたまにはこういう凡作を見ることで自分の「目」を鍛えるのもまた一興である。

(以下ネタバレあり)

 

物語は25歳のサラリーマンが寝落ちして目覚めた際に貧乏貴族の八男であるヴェンデリン(5歳)に転生するところから始まる。普通なら(何が普通なのか知らないが)こじつけでもいいから何か異世界転生のきっかけがあるはずなのだが本作にはない。「目か覚めたら異世界の5歳児になっていた。以上!」である。元々のヴェンデリンの人格はどこへ消えたのだろうか。そして突然こんなことになったらパニックになるか元の世界に戻ろうとするはずなのだがそんな様子が皆無なのも引っかかる。

異世界転生自体は『ゼロの使い魔』を始めとして古くから用いられてきたパッケージであるため今さらツッコむものではない。ただ本作で気になったのは主人公の精神年齢である。
物語が実質的に動き始める10年後は、確かにヴェンデリンの身体は15歳かもしれないが中身の人格は35歳である。いかに見た目が10代の貴族であったとても、二流商社の社畜であった35歳ではものの考え方や立ち振る舞いも変わってくるものだろう。
だが作中では見た目通り10代然として行動しているため違和感が拭えない。(エリーゼやイーナ、ルイーゼの若い女の子になびかないのは性欲も枯れたオッサンだから説は、まぁ無くはないが。)
それなら異世界転生じゃなくて単純に「貧乏貴族の八男のサクセスストーリー」でよかろう。

そして本作最大の違和感がタイトルにもある八男についてである。

貧乏貴族の八男、確かに将来は暗いものだろう。
だがヴェンデリンは魔法の才能を発揮し(しかも魔法の才能は生まれつきで努力しても向上しないという都合の良さ)冒険者になるため12歳で冒険者予備校へ特待生として入学している。
(てか冒険者予備校ってなんだよ、冒険者学校でいいじゃん)

 

つまり、家を出て独立したことで八男であることの不利さを解消してしまったのである。
そもそも八男と言いながら実際に出てくるのは長男のクルトくらいであり後の6人はほとんど登場しない。この辺りも設定の薄さを感じる原因であろう。

 

魔法の戦闘描写ができなくて殴って決着をつける展開とか、

階層式ステージを用意したかと思ったらどの層でも同じゴーレムが無限に出てくる芸の無さとか、

異世界で味噌作ってドヤ顔し、醤油作ってドヤ顔し、マヨネーズ作ってドヤ顔のゴリ押し3連発とか

 


総じて表現力の浅さ、薄っぺらさばかりが目に付く退屈で凡庸な作品だった。

「それはないでしょう」と言いたいのは私の方である。