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たまには長文を

冴えない彼女の育てかた fine感想

アニメ2期のその後を描く完結編。


(2018年のpostを流用)

 (以下、ネタバレあり)

 

【あらすじ】
夏休み後半、詩羽英梨々が抜け出海伊織が加わった新生blessing softwareは新作の製作を続けていた。作品で最も重要なパートのストーリーを思うように書けずにいた倫也はスランプについてに相談するも詩羽に聞けばと一蹴される。倫也は詩羽に会いにマンションまで行ったが、声をかけられずにいたところを紅坂朱音に見つかってしまう。貸切った喫茶店で倫也のシナリオを読んだ朱音は問題のパートに対して、文章は洗練されたものの評価を気にしてつまらなくなった、もっと妄想全開で書きたいことを書くようと指摘した。
倫也は指摘を受けて書き直しを進める中で取材と称して恵と二人で出かけることを提案する。その日は恵の誕生日だった。何があっても必ず行く、恵はそう言って当日を迎えた。しかし当日、待ち合わせ場所の池袋に倫也は来なかった。朱音が脳梗塞で倒れ緊急入院したのである。右手が動かなくなったという情報は漫画家でもある朱音にとって致命的だと思われたが、詩羽は周囲が騒いでも仕方がないと倫也や英梨々をなだめた。
朱音が倒れたのをきっかけに、詩羽と英梨々が置かれている本当の状況が明らかになった。開発を進めていたフィールズ・クロニクル最新作について、二人が担う仕事の本来の締切はとっくに過ぎていたのだ。それを人知れず強引に伸ばしていたのが朱音だった。
メーカーのマルズ側はこれ以上待てないと判断し、ストーリーやキャラクターを削りこれまでに揃った材料でゲームの完成を目指すことにした。
「それでは朱音が目指した理想には程遠い」。さらなる締切の後ろ倒しを求めて二人は倫也に助けを求めた。交渉役を倫也に頼むこと、それはただでさえピンチなblessing softwareの製作を更に追い込むことを意味していた。倫也は交渉役と朱音の代役を兼ねてしばらく不在になることを恵に告げた。恵は泣きながら、私はヒロインになれないと語った。
大阪でマルズとの交渉に臨んだ倫也はさらに2週間の猶予を勝ち取ってきた。その2週間の追い込みで詩羽と英梨々は自分たちの仕事を完成させた。
戻ってきた倫也を恵は待っていた。そしてついに倫也は恵に告白する。二人はキスをして結ばれた。
数年後、blessing softwareは法人化し倫也が社長、恵が副社長になっていた。この日のblessing softwareの事務所には二人のほかに詩羽、英梨々、美智留、出海。きっとこの6人で作るのだろう、次のゲームを――。


この作品最大のテーマは加藤恵の人間らしさだったと思う。
人間らしさというより人間臭さ言ってもいいかもしれない。

思えば加藤恵というキャラクターは、黒髪美女の先輩詩羽、金髪ツインテ幼馴染の英梨々、家族同然の付き合いだった美智留、倫也を慕う可愛げな後輩出海と比べても、記号化された萌え要素は控えめで明らかにリアルの象徴だった。

クラスでも目立たず、どこか感情が希薄に見え(あるいは意図的にフラットを装い)、才能にあふれる詩羽英梨々美智留に囲まれた彼女はどんな気持ちで過ごしてきたのだろうか。アニメの1期2期を見ていた頃は意識もしなかったが、きっとすさまじい劣等感もあったであろう。

しかしなぜ恵がこのような態度で倫也に接し続けてきたのか、本作でついに分かる。

加藤恵はキモオタの妄想の一切を受け止める都合のいいヒロインであるかのように描かれてきたが、その実、恵は恵の中で正妻戦争に勝つための戦略をしたたかに実行してきたのである。
ヒロインの中で唯一合鍵を持ち、通い妻よろしく朝ご飯を作り、倫也の食べ残しをこっそり食べてしまい、スカイプでは当然のように下着姿でやり取りする。深夜でも倫也のわがままに付き合い寝落ちするまで会話を続けた恵が、倫也を好きじゃないはずがないのだ。


そして倫也が朱音の代役として不在になった際も、恵は徹底して倫也を待ち続けた。それがフィールズ・クロニクルを完成させ、かつblessing softwareの新作も完成させる「trueエンド」へ繋がる選択肢であることを知っているのは私たち視聴者だけである。

だって見えたじゃないか、幻の分岐が。朱音が倒れてもサポートにつかずあくまで自分たちの作品作りを優先させることで辿り着く「恵ノーマルエンド」が。
でも倫也はそれを選ばず二兎を追う。恵の涙を見てもなおblessing softwareではなくフィールズ・クロニクルのサポートを選ぶ。
そこに恵は加わらない。加われない。非情な事実、才能ある詩羽と英梨々、強烈な情熱で人を動かす倫也の3人に対して恵が入る余地はない。物語がフィナーレに近づくこの時期に至ってもこの構図は変わらない。


終盤。倫也は恵を選ぶ理由として「自分でも手に入りそうだったから」と言う。
言ってしまうのだ、こんな禁句中の禁句、即別れを持ち出されそうな最低最悪の理由に対して、しかし恵は微笑んだ。
なぜならその理由こそ――、作家の詩羽や作詞作曲ができる美智留、イラストが描ける英梨々や出海ではない、冴えない・・・・彼女が唯一倫也を落とせる針の穴ほどの可能性――。

倫也が詩羽や英梨々に抱く感情が恋ではなく憧れであるが故の、恵だけが持つわずかなアドバンテージ。物作りの才能がない倫也に「手に入りそう」と思わせる同格感。
押してもなびかない草食系男子が魅力的なヒロインたちを差し置いて自分と結ばれるエンディングは、倫也の方から告白されるシナリオしかなかった。
だからこの理由に対して恵は怒らなかった。むしろこの言葉を倫也から引き出すことこそが恵の勝利条件だったのだから。

かくして正妻戦争は決した。わがままなヒロインに振り回されながらも惹かれていく主人公ではなく、わがままなヒーローに振り回されながら惹かれていく恵。

彼女こそ、この作品の主人公だった。

 

記号化された萌えキャラではなく、きちんと心に血が通ったキャラクターたちの機微を描いた極上の丸戸脚本を味わった。ずっとこの作品を追いかけてきて本当に良かった。


【おまけ】

クライマックスの舞台が外なのも絶妙。夕方の三叉路(余談だが、アニメで三叉路が出てきたらほとんどの場合運命の分かれ道を示していると思ってよい)では通行人もいよう。
そんな場所でキスをするなんて少し前の彼らではありえなかった。駅のホームで手を繋ぐことにだってドキドキしていたじゃないか。もちろん脚本的にはこのシーンは外であるべきだし外でなければならなかった。沈みゆく夕日が映えるし、部屋でキスしたらそれ以上のコトに進むのがあからさまに見え過ぎる。

 

冒頭の焼肉屋でなされた詩羽と英梨々の会話、
「どうせ私たちはEDのキャスト欄でも下の方」が宣言通り下の方にあって笑った。ずるい。

 

真・エピローグの場面、帰宅した恵は玄関の靴が多いことで皆が集合していることに気づく。丸戸脚本はこういう小物を使った演出もうまい。靴を使った描写はアニメ版でもあったことを覚えているファンは何人いるだろうか。
実はかつての美智留は倫也の家で靴を揃えなかった。これは2017年の私もTwitterに書き残している。

もう少し後まで見れば目新しい家具が揃っていることや皆で酒を飲むことで数年後のシーンだと分かるのだが、実はこの玄関の靴がちゃんと並んでいることをもって美智留の成長が分かり、それだけの時間経過が示唆される仕掛けになっている。すごい。

 

最後に。

2015年の私よ、恵のその態度はわざとだ。全部計算だぞ。