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たまには長文を

フラグタイム感想

あさがおと加瀬さん。』のスタッフが再び集結して描く、SF要素のある百合物語。

(以下ネタバレあり)

 

【あらすじ】
人付き合いが苦手な主人公・森谷美鈴は一日に3分間だけ時間を止められる能力を持っていた。ある日クラスメイトの小林由香利からしつこく話しかけられた森谷は時間を止めて校舎の外へ逃げ出した。そこにはベンチに座って本を読む同じクラスの村上遥がいた。村上はクラスの中心人物で誰からも好かれる人気者だった。森谷は村上のそばでしゃがみこみ、スカートをめくって下着を覗こうとした。しかしその瞬間村上から声を掛けられる。村上には森谷の時間停止が効かなかったのである。森谷はパンツを覗こうとした行為を秘密にしてもらう代わりに村上の「お願い」を聞くことになった。
そのお願いによりデートすることになった森谷と村上は、ショッピングの最中に同じクラスの男子が女子とデートしているのを目撃する。その男子は以前村上と付き合っていたはずなのだが、村上は特に気にする風でもなく森谷の手を取って立ち去ろうとする。
その様子に憤慨した森谷は時間停止し、その男子の頭に売り物の女性用下着を被せる“復讐”をした。
それ以後、森谷と村上は授業中に時間を止めてはクラスメイトの秘密を覗くようになる。一方で森谷は、村上が他の人と楽しげに会話しているのを見ると無意識に時間を止めるようになっていた。最初は森谷に付き合っていた村上も「わざとやってるならやめた方がいいよ」と宣告する。村上に嫌われると感じた森谷は時間停止を我慢するようになる。
同時期、軽い疲労のため保健室で横になっていた森谷の元へ村上がやってくる。なぜ最近は時間を止めないのか、なぜ本心を言わないのか問う村上に対して森谷は「言うと嫌われるから」と返事をする。それでは森谷の本心は一生伝わらない、そう言った村上の唇へ森谷はキスをした。
ある日、進路希望調査書にマンガ家志望と書いた小林がクラスメイトからバカにされている場面に遭遇した森谷は、かつて交わした「時間停止は村上のために使う」という約束を破って時間を止め、小林の調査書を奪い取る。
約束を破られたと森谷から離れようとする村上に対して森谷は自身のスカートを持ち上げ村上と同じパンツを穿いているのを見せ、いつも村上のことを考えていることを告白する。村上もスカートをたくし上げ、森谷の気持ちに応えた。
しかしその瞬間、時間停止が切れてしまった。そこにいたのは廊下でパンツを見せ合う女子二人。その話はすぐに学校中に広まり、特に優等生の村上に対する風当たりが強くなった。
森谷の能力は弱まりつつあった。しかし森谷はそれ以上に村上のことをもっとよく知りたいと思った。森谷は村上の家を訪れた。親と話すことがあり、ベッドの下は見ないようにと思わせぶりな言い方をして自分の部屋を出た村上。一人残された森谷は逡巡の末にベッド下部の引き出しを開ける。そこにあったのは教師まで含めた全校生徒の趣味嗜好、性格を書き記した膨大な単語帳だった。村上は高校の全員の人となりを把握した上で相手の望む立ち振る舞いを続けてきたのであった。
一方で単語帳の中には村上自身のものもあった。しかしそこには何も書かれてはいなかった。八方美人を突き詰めた代償として村上には自我も感情もなくなっていたのである。
森谷はついに決心し、村上が授業中机の上に立ち上がったタイミングで時間停止を「解除」する。どよめくクラスメイトたち、村上はたまらず教室から飛び出し森谷はそれを追いかける。
森谷は気づいていた。本人さえ気づかない村上の本心、それは誰からも嫌われたくなかった村上が聞き分けが良く誰からも好かれるキャラを演じていた一方で本当の自分を見てほしいという気持ちだった。
初めて村上の本音に触れた森谷は村上に好きと告げ――、森谷の時間停止に自分だけが動けたのは自分の方が先に森谷に興味を持ったからだと気づいた村上も、森谷に大好きと告げた。
森谷の時間停止能力は消えた。それでも二人は普通に過ごしている。この世界には好きな人がいるから。

 

森谷にも村上にも共感できるところがあって刺さった。本人のいないところで平然と陰口を言う人間関係が嫌で人付き合いを避けてきた森谷の優しさにはものすごく共感する。
そして徹底して空気を読み常に中心人物として誰からも慕われる一方で親友と呼べる相手がいない村上もどこか自分と重なるところがある。(自分で言うのは烏滸おこがましいけれど)

 

さて本題。

序盤から主人公が時間を止めたり、同性のスカートをめくろうとしてみたり、中盤でも保健室でキスしたり授業中に下着姿になったりと直接的な描写だけでも十分見ごたえがある。これらの描写は確かにエロいと言えばエロいが、佐藤卓哉監督が描くふわふわとした空気間に包まれて下品さがなく綺麗な百合に昇華されている
お互いに名前で呼び合わず名字で呼び合う絶妙な距離感も愛おしく思える。

だがしかし、本作の本質は「純粋にストーリーが面白いこと」にあると思う。
誰からも好かれるクラスの中心人物と、人付き合いが苦手で存在感のない主人公。時間停止。クラスメイトからの心無い噂話と風評被害。膨大な単語帳から明らかになる村上遥という人間の「狂気」。村上の勘違いを正すためまさかの手段に出る森谷と、そうまでしようと思うに至った森谷の精神的成長。これらが60分に凝縮され、癒し系の作風とは裏腹に濃密なストーリー展開なのである。

確かにツッコミどころは多い。
例えば3分では教室を出て校舎の外までは出られないだろうし、時間停止解除に合わせて元の位置に戻っていなければならない。そうでないと瞬間移動したことになる。
物語中盤で時間停止の最中にいたずらされたクラスメイト達からすればとてもいたずらどころの話では済まないだろう。

しかしストーリーに没頭すればそんなツッコミは野暮でしかない。

実は私自身も村上というキャラに対して疑問を抱きながら見ていた。彼女の自我の無さに違和感を覚えたのだ。もしこれが百合描写ありきで作られた都合の良い操り人形であればこのまま終わっていたのかもしれない。
だが私が感じていた疑問はダイレクトに森谷から村上にぶつけられ、村上の本心、すなわち優等生の本音が明らかになる。
単語帳に書かれたことだけが私じゃない。そして自分自身のことなんて誰も分からない。
きちんとキャラの心に血が通っているからこういう展開に持っていける。

「自分は何者なのか?」
作品のジャンルが百合だったとしても、問うているのは10代が必ず通る王道のテーマなのである。