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たまには長文を

劇場版 PSYCHO-PASS PROVIDENCE感想

問うテーマや舞台設定、シナリオが面白く、TV版第1期(2012年)に迫る面白さだった。

(以下ネタバレあり)

 

【あらすじ】
法律はもはや不要ではないか――。そんな会議に出席していた常守朱は連絡を受ける。その内容は外国船舶が襲撃され生存者がいないというものだった。会議の場に同席していた厚生省統計本部長・慎導篤志とともに現場に向かうと、本件を取り仕切るのは朱たち厚生省公安局ではなく外務省になったと禾生局長から告げられた。
その船には、慎導篤志が会議のゲストとして秘密裏に招いたミリシア・ストロンスカヤが乗船していた。彼女は行動経済学統計学の世界的権威であり、ストロンスカヤ文書と呼ばれる基礎理論を構築していた。外務省は事件の背後にいる「ピースブレイカー」という集団を追っていた。ピースブレイカーはかつて外務省が作った戦闘部隊であったが、数年前に全員行方不明となっていた。外務省はピースブレイカーを潰すため、狡噛慎也を招聘した。
ストロンスカヤが殺される直前、最後にメールを送信した相手が雑賀譲二だと判明した。朱は慎導とともに雑賀に連絡を取るも、雑賀は朱にのみ会いたいと告げた。雑賀へ送られたメールの内容はストロンスカヤ文書ではなくその保管場所であった。しかも雑賀本人でなければ取り出せないように設定していた。その後、護衛の下で雑賀はストロンスカヤ文書を取り出しに行くが、箱から出てきたのはただの割れた鏡であった。ストロンスカヤ文書はなかったのである。直後、一行はピースブレイカーに襲撃され雑賀は護衛虚しく死亡する。
解析の結果ピースブレイカーのアジトが熊本県阿蘇地域にあることが判明した。公安局と外務省で戦力を整えて現地に向かうも、トップ層は既にいない様子だった。ピースブレイカーのトップ・ジェネラルを追うべくさらに調査を進めようとしたタイミングで、ピースブレイカーが北海道の北方地方にて独立を宣言した。ピースブレイカーの隊長を務める砺波の色相はクリアであった。ピースブレイカーは日本と敵対する気はなく、代わりにストロンスカヤ文書を提供するよう迫ってきた。日本側は応じることにした。それではそれまでの犠牲は何だったのかと朱は食い下がったが、シビュラはよりメリットが大きい方を選択した。
北海道北方四島。全てが機械により作られたこの完全自動化都市がピースブレイカーの真の拠点であった。そしてピースブレイカーのトップ・ジェネラルとは、かつて医療用に作られたものを改造したAIであり、その本質はシビュラシステムと同様のものであった。
ピースブレイカー、元は外務省の組織でありながら紛争地域で使い捨てにされる現実から行方をくらました彼らの目的は、AIによる人類の管理であった。ストロンスカヤ文書の本質が紛争の発生をシミュレーションするものであり、使い方次第で紛争を未然に防ぐことも、敢えて発生されることもできることを彼らは知っていたのである。
またピースブレイカーは、脳に埋め込んだチップで人格を複数に分けていた。それにより悪事を思考する人格を別人格に委託することで犯罪係数を低く抑えていたのである。また彼らは成層圏を移動する通信装置を利用して、これまで世界になかったプロトコルで秘密通信をしていた。
ストロンスカヤ文書、正確にはストロンスカヤシミュレーションの受け渡し役として指名された朱は北方四島に向かった。しかしその目的は受け渡しではなくピースブレイカーの壊滅である。戦闘の末、ピースブレイカーは敗北し隊長の砺波は狡噛に撃たれ死亡。拠点も機能を停止した。朱は、狡噛がまた人を殺めたことを気に病んだ。
後日、慎導篤志は息子のを残して拳銃で自殺した。厚生省大臣官房統計本部長のポストには常守朱が入ることが示された。
ラスト、屋外で執り行われた任命式において、注目を集めるなか朱は禾生局長を銃で殺害した。その様子は大きなニュースとなり、かつ朱の犯罪係数が低くドミネーターが起動しなかったことも併せて報じられた。
朱は収監され、時を同じくして代わりに出てきたのは狡噛慎也であった――。

 

個人的に一番好きなTV版第1期(2012年)に迫ろうかという面白さだった。正直もうさすがにネタ切れなんじゃないかと思っていたのだが、新たな切り口が見事だった。

まずなんと言っても敵のラスボスがAIだったという設定。
これ以上例外的な免罪体質者も作れないだろうとは思っていたところ、シビュラシステムを脅かすのがAIになるのは、言われてみれば自然だがその発想はお見事。
第1期のTV放送が2012年でも今は10年経過した2023年である。ちょうどAIが人間より賢くなってきたと言われ始めている時期だし、奇しくも時代の状況にドンピシャでハマっていたように思う。
そういう意味で、黒幕が医療用AIを改造してシビュラに寄せたAIという設定は非常に納得感のあるものだった。

ピースブレイカーの戦闘員が犯罪係数が低くて執行対象にならないカラクリは、脳に埋め込んだチップで人格を切り替えることで悪意を別人格に委託しているという設定だった。これも純粋に面白かった。その手があったかと膝を叩いた。本当によくネタ切れにならずこんな設定を考えたものだと思う。

そしてそのチップにより用済みとなった戦闘員を自殺されるのもグロい。「自害せよ、ランサー」を近未来SFのなかで見ることになろうとは。

これだけ科学が発達していながら戦闘員の心の拠り所が宗教に近いのもいろいろと考えさせられる。

ピースブレイカーは今回敵として用意されたわけだが、仮にも外務省に所属していながら紛争地域に捨て駒として送られた彼らの無念さと、拡大する世界的な貧富の差(公式設定)を目の当たりにして心が変わってしまったのだとしたらそこに思いを馳せずにはいられない。ピースブレイカーには彼らなりの正義と正しさがあったのだろう。

 

本作冒頭の会議で、「シビュラの統治ができているのだから「法」はもはや不要ではないか?」という議論がなされていたのも興味深かった。現実世界でもAIの活用がさらに拡大して、人の人生や社会の在り方まで判断するようになったらそんな議論がリアルで出てくるような気がする。
終盤でピースブレイカー隊長の砺波が語った「システムが正しくても人間が間違う」みたいな台詞も作中で一二を争うほど印象的だし、好きな場面。だからと言って全てをAIに委ねる姿勢はよいのかというのが本作の論点の一つ。人間より上位の存在を作りそれにすがるのは一周回って宗教に近く、ピースブレイカーがキリスト教の一文を引用していたのもそれを象徴していた。

 

朱たちがピースブレイカーを崩しに行く際の理屈付けもいかにも官僚とか公務員っぽくて面白かった。色相はクリアだからシビュラ的には逮捕する根拠がない。仕方がないので"現行法に基づいて"不審な武器を押収する名目で動く。こういう建前がないと動けないあたりが近未来SFの中にあってリアル。
(人間が作った)現行法がもし廃止されていればピースブレイカーを逮捕しに動けなかったことになる。

狡噛が戻ってくるあたりの理由付けも良く練られたものだと感心した。いまさら厚生省公安局には戻ってこられないだろう。それを花城フレデリカがいる外務省海外調整局で招聘することで厚生省には影響がないようにしているのも妙にリアリティがある。こういうの、縦割り行政だからこそできるんだろうな。


全編通して「正しさとは何か」を追求(「追究」でもいいかもしれない)しているテーマが良かった。
正しさは相対的なもので、かつて正しかった判断が時代によっても間違いにもなるわけで、だからこそ対話を重ねる必要があると語った朱の台詞は特に印象的だった。


最後はドミネーターで敵を倒すお決まりの展開も良い。最後まで拳銃ではPSYCHO-PASSらしさがなかったし。

そしてなんといってもあの衝撃のラストである。
朱が最後に公衆の面前で禾生局長を撃ち殺したのは完全に予想外だった。なんだかんだ言いつつもシビュラを信用していて、それ故にいつでも犯罪係数が低かった朱がそこまでするとは思わなかった。そうまでしてシビュラによる100%の管理は危ういと世間に問題提起したかったのだろうか。いずれにせよすごい心の変化と決意だし、一気に続編を見たくなった。

禾生壌宗とはシビュラ構成人格の一人を義体に乗せている端末である。これまでは身体が破壊されて人格の一人が死んでも速やかに次の義体と割り当てられた人格が投入されてきたわけだが、今回は公衆の面前で撃たれたため「次の義体」なんてものは使えまい。(そもそも同一人物が永久に長官を務めていて良いのかとは昔から思っていたが)
禾生壌宗の次は誰がそのポストに就くのだろうか。まぁ奇跡的に一命を取り留めたみたいな展開もあるかもしれないが。


さて、冒頭からラストまで大絶賛したい本作ではあるが、なんとなく納得できなかったところもある。
・慎導篤志の最期
その官僚人生において一度も判断を誤らず、傷のないキャリアを歩んできたと朱が指摘した本作のキーパーソン・慎導篤志。常に周到に根回ししつつ自分に責任が来ないように立ち回ってきたこの男が、最後にあっさり自殺したのは意外だった。しかも結婚式で息子を前にスピーチをした直後の駐車場で、である。
省庁でのキャリアをしたたかに積み上げてきた慎導なら、今回の事件すら利用してさらに上を目指すのではなかろうか。というか実際、途中まではそしらぬ顔をして朱に近づき雑賀にも接触したわけで、明らかに裏で手を引いている感じだったではないか。自身の自殺によって残された息子の立場が良くなるとも思えないし、なぜ・誰のために自殺を選んだのかは正直よく読み取れなかった。

・補聴器のオッサンの立ち位置
まずこのキャラの名前忘れたしHPにも載ってない。そもそも本作の場合キャラは珍しい苗字だったりするから書くに書けない。("しんどう"も進藤とかじゃなくて慎導)
まぁそれはそれとして、この補聴器のオッサンの狙いがよく見えなかった。慎導と同じ方向だったのだろうか。敵対しているのか協調しているのかもよく分からなかった。ただしこれに関してもお互いがお互いを利用しようとしていた感じはするので、難解なのは描写不足ではなくこれで良いのだとは思う。

・朱に謝れない狡噛慎也
朱に謝っておけと雑賀から窘められたにもかかわらず、照れ隠しからか狡噛は朱に謝らない。狡噛にも自分のやってきたことは正しかったという自負があるから、そう簡単に謝れないのだろう。
この辺の一連のシーンは、様々な要素が分かるだけどういう立ち振る舞いが正解なのかは私自身も分からない。
それでも「私はただ、謝ってほしかっただけなのに‥」と電話の後で呟いた朱の方にやや気持ちが傾いている。
自らが正しいと思う選択をしながら命がけで生きている狡噛の信念もよく分かるが、本作で何度も出てくるように正しさは相対的なものだ。
「自分は正しいから謝らない」みたいな態度はどうにも反抗期の中学生というか、斜に構えた高校生みたいな感じもする。いくらタバコを吸いながらカッコつけたところで、「自分は間違ってないから謝らない」という態度は33歳のマインドかー?と思う。
もっとも、狡噛のキャラクターを考えれば今さら朱に謝る展開は想像できないし、結果的にはこれでいいんだろう。

 

本作はAIについていろいろと考えさせられる良作である。

現実でも日頃からニュースを見ていると、仮にも司法試験に合格したはずの地方裁判所の裁判官が、まるで非現実的でトンチンカンな判決を出すことに憤りを覚える。いっそAIによる判断に委ねろよと思ったこともある。
それでも社会的に大きな判断をAIだけに完全に委ねるのはダメなのだ。仮に人間より賢くて公平で平等でも、それが本当に正しいかは常に人間が検証し議論し続けなければならないのである。

「正しさは相対的」という言葉。
「自分の意見は常に絶対に正しい」と信じて疑わない人間に100回聞かせてやりたい。


それでも「法」は必要である――。
それを常守朱が自らの人生を賭けて社会に問いかけた。このことが社会にどのような影響を与え、このあとどのような展開を迎えるのか。
高密度な120分の最後に次への種を撒いた本作の脚本はピカイチで非常に面白かった。早く続きを見たい。