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たまには長文を

あさがおと加瀬さん。感想

映画というよりショートムービー集だと思って見るべき。

(以下ネタバレあり)

 

良い所はたくさんあった。

まず坂井久太のキャラデザ。ふわっとした美少女の赤面を含めた豊かな表情は水彩画風の作画と調和してその魅力を最大に引き出したと思う。

次にキャスティング。
加瀬を演じた佐倉綾音は元から原作ファンだと公言するだけあってこの作品をよく理解しているようで、そのイケボには聞き惚れた。佐倉綾音の演技力にはいつも感心させられる。これ以上の適任者は他にいない。
そしてその陰に隠れがちだが内気なあたふた主人公・山田を演じた高橋未奈美も負けていない。"台本を読んでいる感"が皆無で、まさにその場面でキャラクターが発声している感じだった。特に緊張して声が震えている台詞の臨場感は意識して見てほしい。

無言の溜めというか、無言の演出も多用されていた。シーンの終わりは語らず余韻を楽しませる作風もまた水彩画とベストマッチしていたと言えよう。

キスシーン以上にベストシーンだと思ったのは加瀬が山田のベッドに潜り込むシーン。高校生の女子同士の恋愛でも性欲の存在をゼロにしないところが好印象だった。かと言って下品でもなく笑えるシーンになっているのもポイント高い。

 


さて、見終わってから分かったことなのだが本作は劇場アニメではなく「OVAの劇場上映」らしい。
この情報は事前に知っておくべきだったと反省している。
劇場アニメとして作られたものだと思っていたせいで、ひとつ違和感を抱いていた。
本作のストーリーは大別して学校、家、修学旅行、大学受験に分けられる。そのシーンの切り替えがすべて前述の「長い無言の溜め」で、良い見せ方だとは思いつつもどこかワンパターンというか、「描きたいシーンを繋ぎ合わせた感」が強く全体として一体感に欠けるような印象を持ってしまった。
しかしこれがOVAというのなら話は逆転する。
原作を忠実にアニメーション化したと考えれば本当に丁寧で美しい作品に仕上がったと思う。無理してシーンの繋ぎ目に手を加える必要はないし、たっぷりと余韻を味わわせるこの見せ方こそが最適解だろう。
そうと知っていれば余計な違和感を覚えることなくもっとこの作品を味わえたと思うとやや勿体ないことをした。


もっと細かい所に触れていこう。多くの人がすぐに気付いただろうが天気と二人の関係がリンクしている点。冒頭の「不安定な天気から良くなる」という天気予報はそのまま二人の関係を暗示(暗示というかもうそのままだけど)しているし、大学受験を控え別れが近づいてくるときの雨もまた然りで、基本に忠実だからこそ見ていて安心感があるのだろう。
高校が共学なのも見逃せない。女子高での百合じゃなくて共学での百合。この違いに着目するのは百合好きとして末期だろうか(?)


敢えて欲を言えば「付き合うことになった告白のシーン」は見てみたかった。百合の一番の見せ場ってそこでしょ?
本作では「付き合うことになりました、しかし加瀬さんは周りの女子から人気でまともに話す時間がない」という段階から始まり、途中で加瀬さんが山田に興味を持ったきっかけも描かれてはいたけれどどのようにして付き合うに至ったかは最後まで描かれなかった。原作には描かれているのだろうか?

もうひとつ。
大学受験が迫り、東京の大学をスポーツ推薦で受ける加瀬と県内の女子大を志望する山田。お互い泣くほどに別れたくないのにそれでもお互いを名字で呼び合っている違和感。まぁこれは原作との兼ね合いで、タイトルが「加瀬さん」だから名前呼びに変更できないという原作側の縛りもありそうだが、予備知識なしで単にこの作品を見ていると少し引っかかったのも正直なところ。
名字呼びを名前呼びに変えるときの照れるシーンもまた百合作品の見せ場だと思うのだが、原作はそういう作品ではないのかもしれない。

 

後半で加瀬が山田に問いかけた「なんで、文学部なの?」っていう質問があったけれど、これをどう解釈すればいいのかも気になる。
これが現代文の問題なら単純な答えとしては「ガーデニングの聖地であるイギリスに旅行したいけど英語ができないので学びたい」だろうけれど、そんな杓子定規な回答を求めているわけではないことは明らかだ。
しかし高校卒業後も一緒に居たいのなら「なんで地元の大学なの?(東京の大学じゃダメなの?)」と聞くはずだし、文学部であること自体は加瀬にとっては関係ないはずだ。
この点、個人的には加瀬ができれば一緒に東京の大学に行きたいけど地元に残るという山田を強引に引っ張るわけにもいかず、さりとて英語を学ぶために文学部に行きたいのなら地元の大学でなくてもいいはずで、しかし直接「東京の大学の文学部ではダメなのか?」とも問えずギリギリの探りを入れようとして出てきた質問がこれだった、と解釈しているがこれでいいだろうか。
もしこの解釈で合っているのだとしたら、たったこの一言だけの質問でなんと繊細な乙女心を表現しているのだろうかと感嘆するが、他にもっと腑に落ちる解釈があったら誰か教えてほしい。

 


最後のシーン。山田はいても立ってもいられなくなり制服のまま東京行きの新幹線に飛び乗る。内気な山田が変化する最後の山場でありエピローグであさがおの花言葉を語る二人は本当に可愛らしかった。
それでも東京に行く加瀬と地元に残る山田という構図は変わらず、この二人がどうなるのかは気になる。この辺も引きも上手いなぁと感心した。


坂井久太のキャラデザ、キャラクターに合ったキャスティング、水彩画調の作画、どこまでもピュアな展開。どれを取っても魅力的で百合好きなら押さえておきたい作品だと思う。


(偶然かもしれないけれど、老夫婦やおじいさんの一人客が多かったのが意外だった。こういう作品も見るの?)