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たまには長文を

駒田蒸留所へようこそ感想

ウイスキーづくりに人生を賭ける駒田琉生とその関係者たち、そしてライターの高橋。ウイスキーを題材に「仕事への向き合い方」を考えさせられる群像劇の名作。


(以下ネタバレあり)

 

【あらすじ】
WEBライターの高橋光太郎は、企画でウイスキーの特集をすることになった。モチベーションもないまま訪れたのは駒田蒸留所。そこで若き社長・駒田琉生るいと出会う。企画の内容は琉生が他の蒸留所を訪れてウイスキーについてインタビューするというもの。高橋の役目は主にそのインタビューの記事化である。
駒田蒸留所では、過去の災害の影響でウイスキーづくりから撤退し細々と焼酎造りをしていた。そんななか新しいウイスキーわかば」を世に送り出しヒットさせたのが琉生であった。琉生はまた、かつて駒田蒸留所で作っていた名作「独楽(KOMA)」の復活に向けて取り組んでいた。
高橋はモチベーションの無さを隠そうともせず、訪問先の会社を間違えたり「蒸留」と「醸造」を間違えたりと初日から社会人失格級の失敗を重ねる。高橋は25歳、元から好きで始めた仕事でもなく、「この仕事は向いていないかも」と旧友に飲みながら愚痴をこぼしていた。同時に、若き女性社長として稼業を引き継いだ琉生に対して、やるべき仕事とやりたいことが明確でうらやましいと妬みの感情を抱き始めていた。
その一方、特集の一つ目の記事が思いのほか反響が良かったこともあり、高橋はほかの社員に混ざってウイスキーづくりを体験することになった。その体験を記事にしようという理由である。蒸留所の広報・河端かわばたの運転する車の中から、高橋は琉生が背の高い男性と口論になっているのを目撃する。その男性は琉生の兄・けいであった。圭は経営が不安定な駒田蒸留所を案じて買収しようとしていた。
相変わらずモチベーションが低い高橋に最初に与えられたのは作ったウイスキーを保管する倉庫の掃除であった。気怠けだるそうに床のモップ掛けを行う高橋の元へ琉生がやってきて、このガラガラな倉庫もいつか樽でいっぱいになると語った。その琉生は戻る際、自身のテイスティングノートをうっかり置き忘れてしまう。それを開いた高橋が見たのはテイスティングした試作の印象を描いたBLイラストだった。さらにあろうことかそれを周囲の人間がいる前で返そうとした高橋は、ノートを床に落としてBLイラストを周囲の目にも触れさせてしまう。琉生は赤面し高橋を非難した。しかし高橋も逆上し、稼業を継いだ琉生がうらやましいなどとなじってしまい、思わず琉生は高橋をビンタして立ち去ってしまう。直後、我に返った高橋とそれを睨む社員たち。そんななか蒸留所の一番の古株である東海林しょうじが高橋を敷地内の工場こうばに連れ出し、琉生が社長になった経緯を語った。災害でウイスキーづくりに必要な設備の多くが壊れた話、設備投資ができずにウイスキーづくりからの撤退を余儀なくされた話、ウイスキーづくりを諦めきれずに圭が蒸留所を出て行った話、焼酎造りに切り替え職員の雇用を守ろうとした琉生の父・先代社長の話、その父も無理が祟って急死した話、琉生が美大を中退して稼業を継いだ話。それらを聞いた高橋は自信の認識を反省した。
そこから仕事への態度が変わり積極的に記事を書くようになっていった高橋だが、またしても大きな失敗をする。それはなんら落ち度のない桜盛酒造があたかも産地偽装をしているかのようにも読める文章を訂正しないままアップしてしまい、炎上させてしまったのである。
翌日、高橋は上司とともに速やかに桜盛酒造を訪ねお詫びし、そしてそこで改めて圭と出会う。圭が駒田蒸留所を飛び出したのはウイスキーづくりを諦めたくなかったからであり、圭もまたKOMAの復活を願っている一人だったのである。
そんな折、高橋は過去の記事原稿の中からKOMAの原酒が他の蒸留所にあるかもしれないことに気づく。かつて先代が原酒交換をしたものであり、その部分は当時の記事ではカットされたため、その事実は世に出ていなかった。琉生と高橋がその蒸留所を訪れると、果たしてその原酒は樽で3つ残っていた。ある種の父の形見でもあるその原酒は、KOMAの復活にと駒田蒸留所へ運ばれた。
しかし不幸は重なる。ある夜、漏電により樽を保存していた倉庫が火災に見舞われる。「わかば」の在庫は半分程度になり、奇跡的に発見された3つの樽も燃えてしまったのである。今度こそ事業の再建は難しく、琉生も社長としていよいよ会社の今後を決めないといけなくなった。その選択肢には桜盛酒造の買収に応じることも含まれていた。しかし社員たちは買収されることに反対した。いま以上に不安定になったとしても駒田蒸留所としてKOMAの復活を見たいと語った。
駒田蒸留所はKOMA復活に向けて取り組んでおり、そのための原酒を探していることを広くPRした。すると全国の様々な蒸留所から原酒が届いた。中には海外から届いたものもあった。またファンの一人からは、品切れでプレミアがついているKOMAそのものも送られてきた。
こうしてKOMAの味を探す研究が再開された。しかしそれでもあの時のKOMAのテイストは再現できなかった。そんななか、高橋は圭と会っていた。そこで圭は高橋にあるものを託した。後日、高橋はそれを琉生に手渡した。それは亡き先代・父が書き溜めたノートであった。過労で亡くなる5日前に、父は圭に向かってノートを郵送していた。父は自身の死期を悟っていたのかもしれなかった。圭が父の葬式に現れなかったのは喧嘩別れしたからではなく、連絡が来ずに知らなかっただけであった。それを知った琉生は兄・圭をKOMA開発に合流させることを決心する。
それでもKOMAの再現は難しかった。父が遺したノートを何度も見返した圭は、ノートの一部分が読めないことに気づいていた。紙も擦り切れ、手書きで書かれた文字も霞んでいた。同じく琉生にも読めなかったが、母なら読めるのではないかと気付き圭とともに実家に帰った。琉生の母は突然帰ってきた圭に驚きながらもノートの件を聞いて落ち着きを取り戻し、問題の個所を目にした。ほどなく、「これは『糸』と書いてある」と告げた。
『糸』――、それは駒田蒸留所で作っている焼酎のことである。その瞬間、琉生も圭も同じ結論に気づき、帰宅直後にも関わらず再び蒸留所に走った。
KOMAをKOMAたらしめていた最後のピース、それは焼酎「糸」であった。KOMAは最後の3か月を敢えて焼酎の樽でフィニッシュすることで独特のテイストを実現していたのである。
後日、久しぶりに母を蒸留所に呼び寄せた琉生と圭は一杯のテイスティングをお願いした。もともとアルコールは飲めないためウイスキーづくり自体には関わっていなかったが、その香りを嗅ぎ一口口に含んだとき、母もまたあのときのKOMAを思い出していた。
『KOMA』が、ここに復活した――

舞台は数年後。後輩ができた高橋はまた河端の車に乗せられて駒田蒸留所に向かっていた。当時の自分のように客先でも露骨にやる気がない態度の後輩とそれをフォローする高橋。そんな様子を見て琉生は当時を思い出しつつ助手席から振りむいて新たなライターに向かって語りかけた。
「駒田蒸留所へようこそ」

 


P.A.WORKSが自ら「お仕事シリーズ」と呼ぶ最新作。
人生はいつもピンチだし不幸は続くしで落ち着くことはほとんどないんだけど、それでも仕事は楽しいしやりがいがあることが伝わる労働讃歌

映画館から帰ってきて、こうして記憶を頼りにあらすじを再現しているだけなのに最後の方は自分で書いていても軽くウルっと来る。それほど脚本が良かった。

実を言うと本作の脚本が良いことはかなり前から予想していた
脚本:木澤行人中本宗応
この二人の名前を見つけた瞬間にテンションが上がった。かつて偽物語ソードアート・オンラインなどを手掛けた、私も大好きな脚本家コンビである。本作の制作が発表された5月の時点でも呟いている。


お仕事シリーズというだけあって、「仕事に対する向き合い方」みたいなテーマで3つの価値観が描かれた。
まずは琉生。父がなくなった時点では美大生でありウイスキーの知識はほとんどなかったにもかかわらず、大学を中退してまでウイスキーづくりを始めた。いくら家業だったとはいえその決断の難しさたるや、社会人となった今だからこそよく分かる。社長として経営状況や社員の雇用継続にも気を配るところはリアリティが高い。

そして私たち視聴者に「仕事観」の示唆を与えてくれるのはむしろ安元と圭ではなかろうか。
琉生の兄・圭。KOMA復活を諦めきれず、家を出て他のメーカに転職。しかも開発ではなく企画の仕事をやっている。それでも「最終的にKOMA復活に繋がるなら企画の仕事でも良い」と割り切っている。終盤まで琉生に話を聞いてもらえずすれ違い状態だったが、彼もまたKOMAを心から愛している一人であった。やりたい仕事じゃなかったとしても、その先に自分の目指すところがあるのなら喜んでやるという姿勢。見習いたいものがある。
そして高橋の上司であり編集長の安元やっさん。彼もまた高橋と同様初めからライターになりたかったわけではなかったが、いろいろな仕事をしてきた上で最終的にライターに落ち着いた。本人もまた現在の仕事にやりがいを感じている。きっかけは偶然でも、やっているうちに面白くなる仕事もあるしまたやりがいを自分で見出していくことの大切さを感じる。


本作、題材がウイスキーなのもポイントだろう。
ファイナンスの観点では、大規模な初期投資(設備投資)が必要なウイスキービジネスには特有の難しさがある。
例えばキャッシュフローで見ると、樽で3年から10年、12年、18年と熟成しておくためキャッシュインが大きく遅れることになる。もちろんその間、人件費や樽の保管などのコストはかかり続ける。
先代が苦渋の決断でウイスキーから撤退して焼酎に切り替えたのもまさにキャッシュフローの観点からであった。
また熟成期間が終わってようやく世に販売できる時期に市場でどれだけのウイスキー需要があるのかが読めず、それ故にどれだけ作っておくかも難しい。そして作中でもあったように熟成期間中に火災などでダメになってしまうとその瞬間にコストが回収できないことになってしまうのだ。
経営難で社員への給与支払いもままならず労働時間の方を減らした過去なんかも現実にありそうな話だし、歴代のP.A.WORKSお仕事シリーズの中でも非常にリアリティが高かった。


序盤こそ悪役のように描かれた圭による駒田蒸留所の買収話も決して敵対的なものではなく、不安定な経営環境に置かれている駒田蒸留所と妹の琉生を助けたい。その先でKOMAを復活させたいという思いから来たものであった。

漏電火災で倉庫が火事になったのは本当に見ていてつらかったし、それだけに全国から支援として原酒が届いたシーンは作中で一番感動した。

KOMA復活の最後のピースが焼酎『糸』の樽だったのも(リアリティはさておき)ストーリー展開としてめちゃくちゃ面白かったし、あの瞬間の突き抜ける爽快感は見事だった。そして擦り切れた手書きノートの文字をあっさり読んだ母も、長年父を支えてきた側面がわかるとても良いシーンだった。

その母も自身が酒を飲めずウイスキーづくりには貢献できていなかったと思っていたところがあるが、父の遺したノートには毎年ウイスキーの完成時のみ少しだけ飲む母の表情を見て出来を確信していたと記載されていた。つまり先代の父にとっては母ももちろんKOMA完成に必要な要素だったわけである。「KOMAは家族の酒」という意味が最後の最後までよく描かれていて心が温まるストーリーであった。

 


その他雑感。
なんというか、社会人になってからこういうファイナンスの背景まで理解しながら見られるようになってアニメを見る解像度が上がったというか、自分も歳を取ったというか‥。

本作の題材はウイスキーだったけれど、日本酒でいえばP.A.WORKSの名作「true tears」(2008年)で酒造が出てきたのを思い出す。あの頃からP.A.WORKSに注目してきた私としては嬉しい。

キャラデザは川面恒介。絵柄は「有頂天家族」(2013年、2017年)とほぼ同じ。素朴な感じで悪くなく作風に照らしても萌えアニメではないのでこれでいいんだけど、もう少しかわいく描いても良かったのではと思った。

最後、安直に琉生と高橋が結ばれなくてよかった。そういう恋愛ものが見たいわけじゃなかったし、あくまで仕事上のつきあいとしての人間関係が続いていく感じで終わってくれて本当に良かった。

高橋の成長を描くためにも序盤は無気力社員にするしかないのは分かるんだけど、それにしても社会人として酷すぎて若干キツかった。実績もないくせにやる気も熱意もなく、そのくせこの仕事向いてないとか言っちゃうの、本当にダメ。でも仕事の面白さに触れてどんどんやる気が出てきて成長していく中盤以降の様子は良かった。

(これは断じて批判ではないんだけど、正直言うと)KOMAを作る際に最後に焼酎の樽を使うってやつ、昔からいる社員なら作業工程の一つとして分かってそうなもんだけど‥とは思ってしまった‥。

上にも書いたのでくり返しだけど、火災後に全国から原酒が届くシーンは本っ当に感動して胸が熱くなった。泣き‥はしなかったけれど、このシーンはかなり泣きそうだった。個人的に2023年全体で見ても屈指の名シーン。